言葉に正義は宿るか。
- 物販商品(自宅から発送)あんしんBOOTHパックで配送予定¥ 500
(再版しました。) A5/52頁、小説本。CP色は少なめですが、相澤×心操。 心操くんが幼児化したり、ちいさい頃に相澤先生と出会っていたりしてます。通常年齢のはあまり出てきません。 「言葉」が重要な個性の心操くんが、相澤先生の言葉に救われていたりしたらいいな、と思って書きました。
冒頭サンプル
ぱらぱらと鉄の粉が降ってくる。その場にいるヒーローたちは、一様に歯噛みする表情でビルの上を見上げていた。 「――イレイザー・ヘッド、あなたの武器でどうにか出来ない?」 「……難しいですね」 相澤も険しい顔でビルを睨んだ。 薬物を使用し暴れていた敵(ヴィラン)は、すでに捕まえて警察へ引き渡してある。問題は、そいつが壊したビルに子どもがひとり、取り残されていることだった。 鉄骨の枠組だけになっている廃ビルは五階建てで、当然のことながら通常は無人である。敵はそれをいいことに、忍びこんでクスリ――麻薬の隠し場所にしていたらしい。 だが、そのビルが取り壊されることになった。解体工事が始まったあとになって知り、取りにきたところを警察に見つかり、焦ってビルのなかへ飛びこみ――その際、咄嗟に人質にしようとでも考えたのか、通りかかった男子児童を道連れにした。 追いこまれ、上へ上へと駆けあがり、途中でクスリを打って正常な判断力を手放した敵はやみくもに『個性』を暴走させた。 その能力は、鉄を溶かす溶解液の噴出であり――一部が溶けて鉄の棒、無骨な鉄の板と化した骨組みが凄まじい音を立てて落ち、追いかける警官の道を塞ぐと同時に本人の退路も断った。降りられなくなり、混乱して最上階にまで上って、それ以上逃げられないと気づいた敵は、右往左往した挙句に十メートル以上離れた隣の建物へ飛び移ろうとして失敗し、落ちたところを、駆けつけたヒーローたちに捕えられる。 崩れかかった鉄骨の上には、恐怖で泣き喚く男児が置き去りにされた。 「飛べる個性持ちのヒーローがいれば……!」 悔しげに誰かが言った。 飛行、跳躍、なんでもいい――五階の高さまで到達して男児を抱えて戻ってこれる能力を持ったヒーローがいれば、造作もなく救けて一件落着である。だがそこにいるプロヒーローにそうした能力の持ち主はおらず、塞がれた階段以外をよじ登っていこうにも、隣のビルから飛び移ろうにも、溶解液が撒き散らされた鉄骨は、どこがいつ崩れるかわからない。衝撃を与えれば、子どもが乗っている部分が落ちる危険もあった。 相澤の使う捕縛布も、さすがに遠すぎて届かない。 「……くそ、」 悪態を吐いて上空をねめつける。 隣のビルの上からならば或いは、と目測したが、鉄骨にあてず男児の身体だけを無傷で引き剥がせるかと考えれば、相当に分の悪い賭けになりそうだった。 唯一の救いは、ヒーローたちのなかに、衝撃を吸収する肉体という個性持ちがいたことである。落下した敵の捕獲もその個性によってなされた。 だからいっそのこと、落ちてきてくれさえすれば自分が受けとめて救けられるのだが、と言ってそのヒーローは唸った。他のヒーローも首を振る。 「あのまま落ちるのはまずいだろうね」 「真下には何本も鉄の棒が張られているのよ。せめて外に向かって飛んでくれれば……」 「そう呼びかけるしかないでしょう。急がないと、あの子が乗っている鉄骨もいつ落下するかわかりません」 「とりあえず自分は、受けとめられそうな位置に待機しておこう」 衝撃吸収型の仲間が配置についたのを見届けて、残ったヒーローたちは呼びかけを始める。 「きみ、聞こえる? 絶対に受けとめてあげるから、勇気を出してジャンプして!」 「そこにいたら危ないんだ!」 周囲には、かなりの数の野次馬も集まっている。口々に叫ぶヒーローたちを見て、彼らも加勢の声をあげはじめた。頑張れ、勇気を出せとエールを送る。 聞こえていないのか、恐怖でそれどころではないのか、男児は座りこんで泣き叫んでいる。 相澤は呼びかけには加わらなかった。捕縛布を構えて、ビルに近づいておこうと歩き出しかけたとき、野次馬の 一角が警官へ向かって騒いでいるのが聞こえてきた。足をとめてちらっと振り返る。 「空を飛べるヒーローは来ないんですか!」 「緊急増援要請はしていますが、十分以内に来られる方はいないそうで」 「じゃあ、野次馬のなかから探すとか! そうだよ、これだけ人数いるんだからひとりぐらい!」 「公道での個性使用は禁じられておりますので!」 浅慮にも食ってかかる野次馬と、原則論を繰りかえして説得しようとする警察官。 こうした現場でよく見る光景ではある。 気持ちはわかるが、それを認めていたら『ヒーロー』という制度自体が成り立たなくなる――冷めた目でそれを見、視線を戻そうとしたとき、ふっと視界に引っ掛かりを覚えて眉を寄せた。 野次馬の先頭に、ちいさな子どもがいた。 小学校低学年ぐらいだろうか。つばのついた帽子を被り、ひょろりとした身体には大きすぎるランドセルを背負ってビルを見ている。 「……」 要救助者の男児と同じような歳に見えたから友達かと思ったが、唇を真一文字に結んでじっとしているところを見ると、そういうわけでもないようだ。 帽子の下に半ば隠れた白い顔は、なにか考えているような雰囲気だった。 ヒーロー出動現場に子どもの野次馬が混ざっているのはめずらしくもなんともないが、たいていはヒーローファンの元気な子らで、歓声を上げてはしゃいでいることが多い。 無言で棒立ちの子は、あまり見ない。 そんな場合ではないというのにやけに気になって、相澤はそちらを眺めていた。よく見ると、背丈のわりに痩せた細い手足は小刻みに震え、緊張しているようである。ランドセルの肩紐を握る手の甲が青白い。 子どもの顎が動いた。ふっと唇が開く。そして、すぐに閉じる。 なにか言おうとして躊躇している。 (……なんだ?) ヒーローたちが大丈夫よと叫び、野次馬が頑張れと騒ぎ、鉄骨にしがみついた男児はパニックの頂点でイヤだと泣き喚く――大声の飛びかうなかで、相澤とその子どもだけがしんと静まって浮き上がっていた。 ガラッ、と不吉な音がした。 悲鳴が上がる。男児の足場が斜めに傾いでいた。 (……まずいな) 素早く振り返った相澤は臍を噛んだ。 増援――飛行の個性持ちヒーローが来る前に、鉄骨もろとも落下する危険性が高まってきた。 布が届く範囲まで落ちてきたら、絡みつけてなにもない外へ投げる――ギリギリだが、それしかないと考えて走り出そうとした瞬間だった。 「――だいじょうぶ、って!」 高く細い子どもの声が喧騒の間を縫って響く。 「だいじょうぶってヒーローが言ってる! 信じなよ!」 「イヤだあっ」 頑固に首を振った男児が――直後、何故かぴたりと泣きやんだ。声を上げることもやめ、しゃがみこんだまま全身がだらりと弛緩する。 様子がおかしい。ヒーローたちに緊張が走り、それには気づかない野次馬の声援は大きさを増した。 「外に向かって思いっきりジャンプして!」 先程の子どもの声が、その野次馬たちのどよめきの合間から聞こえてくる。 男児はあれほど怯えてしがみついた不安定な足場を見もせずに、傾ぐ鉄骨を蹴って飛んだ。再びあたりを満たした悲鳴のなかを、落ちる。 五階分の高さを落下した男児は、ぽふっ、と気の抜けた音をさせて怪我ひとつなくヒーローの腕に受けとめられた。 一瞬の静寂のあと、大歓声が沸き起こった。 「……」 その間、相澤は子どもを見ていた。 鉄骨から飛び下りた男児のほうではなく、野次馬のなかに混ざっているあの子ども――黒い帽子のちいさな頭が、救出劇に沸く人々の隙間を通ってこっそりとその場を離れようとする。 「――おい」 相澤はその背を呼びとめた。ひとは大勢いるけれども、自分へ向けられたのだと気づいた子どもが、びくっと肩を揺らして硬直する。 近寄って前にまわり、見下ろして訊く。 「いま、なにかしたのか」 「……」 子どもは答えずに下を向いた。目深に被った帽子のつばが表情を隠す。 あの男児が飛び下りたタイミングは、まるでこの子の声に応えたかのようで――、間違いなく、言われたとおりの行動を取った。 (なんらかの強制力を持った『個性』、か) 動物や植物を操る個性は知っていたが、人間に通用するものは他にあまり例がない。 稀少で、危険な能力だ。 相澤はしゃがんで子どもの顔を覗きこんだ。 「個性を使ったのか?」 「つっ……、つかってない、」 子どもは怯えてどもりながら後ずさった。 「俺はなにもしてないよ。ショウコだってないでしょ」 「証拠? ああ、ないな。――許可のない人間は外で個性を使ってはならない。それはわかってんだよな」 「……うん」 「そうか。わかってんならいいよ」 「……え?」 あっさり言った相澤に、首を竦めて俯いていた子どもはきょとんとする。よほど怒られると覚悟していたのだろう、拍子抜けしたように唇がうすく開いた。 なにもしていないという答えは信じなかったが、してはいけないことだと理解しているのならそれでいい。使えば簡単に救けられると考えながら、あれだけ迷い、躊躇っていた子だ。乱用はしないだろうと思えた。 「脅かして悪かった」 ニッと笑いかけると、驚いたように目をぱちぱち瞬く。それからなにか訊きたげに相澤を見返す。 「――ねえ、……、」 つきあう理由はなかったが無視して立ち去るのも憚られ、相澤は、ん、と促した。 子どもはなおも躊躇ってから、小声で尋ねた。 「お兄さんはどうやってヒーローになったんですか?」 「俺? 俺は雄英――高校で資格を取った。ほとんどのヒーローが、ヒーロー養成学校出身のはずだ」 「学校、で――。じゃあ、その学校に入れたら」 子どもはなにか堪えるような泣きそうな顔をして相澤の目を見詰め、問い掛ける。 「俺みたいなのでも、ヒーローになれる?」 ――どうしてそんな言葉を返してしまったのか、あとになって思い出すたびに相澤は反省した。 無責任な返答だった。 相手の能力や適正を量ることもせず、浮ついた夢、希望を与えることの残酷さ。プロヒーローだからこそ軽々しく言ってはならなかった言葉。 ――けれども。 ただ、その子どもの縋るような目の翳りが、自己を否定するような口調が、まだ未熟なヒーローだった相澤にそう言わせた。言わせてしまった。 突き放したら崩れてしまいそうな幼い脆さが見えていた。 (……だから、) 「……ああ、なれるよ」 くじけたり諦めたりしなけりゃ、きっとなれる。 励ますようにそう告げると、子どもはほっとしたように表情を緩め、すこしだけ嬉しそうに白い歯を見せて笑った。